2006年10月17日 02:19
ジミヘン様
休学してからめっきりギターに触る機会が減りました。
学校に行ってた頃はよく暇を見つけては軽音楽部の部室に行ってギターをかき鳴らしていたものです。
思えば僕が始めてギターという楽器に触ったのは高校二年生の頃でした。
ゆずとかコブクロとかが流行りだして路上でギターの弾き語りをするストリートミュージシャンが
増えだしたのもちょうどこのくらいの頃だったと思います。
僕の周りでもストリートミュージシャンやってる友達が結構いました。
その影響かなんだかわかりませんが、
俺もギターを始めねば!
というわけのわからない衝動に駆られて
弾けもしないアコースティックギターを友達のおっちゃんから譲ってもらったのを覚えています。
最初にコピーしたのは、ゆずの「いつか」という曲でした。
ほとんどFとGとCもしくはAmしか出てこないという簡単な曲でした。
この時に泣きメロのコード進行の基本は4→5→終始というセオリーを学ぶ。
そしてこの曲を一番最初にやったことにより、大抵の人が挫折する
Fというコードで後々苦労することなくすみました。
それからというものの僕は耳コピの鬼と化しました。
当時流行っていた曲、僕が好きでよく聴いていた曲など、かたっぱしからコピーしては
コード進行について自分なりに勉強しました。
自分で曲を作ったりするようになったのもちょうどこの頃でした。
今となっては恥ずかしくて公開できるようなシロモノではございませんが。
曲を作っていくうちに、自分の音楽には何かが足りない。そう思うようになってきました。
そして数々のバンドスコアや歌本(コード進行が載ってるやつ)を本屋で立ち読みした結果
7thという素敵な響きを知ったのです。
でも派手な物好きな僕は一年もするとアコギには飽きてしまいました。
エレキギターを大音量でかき鳴らしたい!
そんな欲求が日に日に募っていきました。
でも家でそんなことをしたら確実に近所から苦情が来るだろうし、第一僕は機材も持っていません。
そうして大学に入るやいなや、軽音楽部の扉を叩いたのです。
部室には使ってないギターがいっぱい転がっていて、どれでも好きなのを使っていいようでした。
それからは毎日授業そっちのけで部室に行って、日がな一日ギターと戯れていました。
エレキギターで一番最初に弾けるようになった曲は、
ミッシェルガンエレファントの「ゲット・アップ・ルーシー」という曲でした。
前々からかっこいいと思っていてずっと弾いてみたいと思ってた曲でした。
そういうロック色の強い曲を色々やっているうちに、E7(♯9)という、
オシャレ且つ不思議な響きのするコードに出会いました。
俗に言うジミヘンコードというやつです。
当時の僕はジミヘンの存在は知っていたものの、
ステージ上で楽器を燃やす派手な格好をした黒人ギタリストくらいの認識しか持っていませんでした。
そのコードがジミヘンコードと呼ばれているのを知った僕は、早速ジミヘンの曲を聴いてみました。
初めて聴いたのがかの有名なパープルヘイズでした。
ひずんだギターに乗っかるジミヘンコード。
かっこよかったのはもちろんですが、これや!この響きや!と感動したのを覚えています。
その時僕は19歳にしてやっとテンションコードというものの偉大さを知りました。
今でこそオシャレコードを多用して曲作りなんぞしている僕ですが、そんな僕に
テンションコードの重要さを教えてくれたのは何を隠そうジミ・ヘンドリクス大先生だったのです。
そういえばくるりの「虹」という曲のPVの最後でメンバー全員がジミヘンの格好をして
たき火を囲んでギターを振り回すという曲と全く関係のないわけのわからない映像があります。
やはりジミヘンは偉大です。
そんな僕ですがたまには原点に戻るのもいいかなと思って、
今はテンションコードをほとんど使わない曲を作ってみようと思い、試行錯誤中です。
シンプルイズベスト。簡単なものほど難しいです。
まぁ高校時代に作った曲の焼き直しなんですけど(笑)
ロコパッションただいま曲作り週間なんで新曲楽しみにしててください。
お披露目がいつになるかはわかりませんけどね。
なんかまとまりのない日記になってしまいましたがここまで読んでくれた暇なあなた、ありがとうございます。
僕も暇なんでたまには学校にギターでも弾きに行こうかと思います。
でもこんな日記を書いてる僕の本業はキーボーディストです。
key ひらりん
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.bmgjapan.com/_mtadmin/mt-tb.cgi/1618
注意: この記事へのリンクがないトラックバックは反映されません。
![[img] QR](http://blog.bmgjapan.com/indies/image/titleqr.gif)